a note book of so what?

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November 2012

2 posts

“以前、日本のどこかのテレビ局が、「ザ・ワセダ」という特集番組を放映し、その中で早稲田と慶応の学生を比較して、どちらが先頭で前を手拭いで隠すかというまことにバカバカしい質問をしていた。答えは早稲田。なぜなら、慶応の学生はウチ風呂に慣れているから案外平気だという。バカバカしさを通り越して少々腹が立ったが(というのはぼくは早稲田出身なので、他人事とは考えられず、のめり込んでしまったわけ)、NYACでは七〇パーセントが前を大きなタオルで包み込んでいる。” —ウォール・ストリート日記―アメリカビジネスマンの昼と夜
Nov 26, 2012
“伊藤整は『新科学的』の同人である一方、季刊雑誌『新文学研究』(昭和六年一月)の編集にあたっていた。この『新文学研究』についてはすでに述べたが、そのときに書いておこうと思って、書き忘れたことがある。それは、こうした大型季刊雑誌の流行時代は、同時に小型廉価本の小説叢書の続出したときでもあったということである。円本の氾濫によって読者の購買力が衰えたため、小型廉価本が出てきたのであろうが、クォータリー形式というものもまた(ーーその創始者は春山行夫である。)同様の条件から生れたものと思われる。片方は、買いやすい小型廉価本なのに、片方は大型でページも厚く、定価も高いという正反対のものが、同一の条件から生れたというのは奇妙なもので、しかしそれは事実だったと思われる。” —高見順(昭和文学盛衰史)
Nov 4, 2012

June 2012

3 posts

“末法思想がいかに時代思潮となっていたにせよ、それだけでは生きた史論は発生しえなかった。末世の体現者とその活躍を凝視し、ひいてはその存在を歴史を動かすエネルギーと認知することで、新しい歴史記述の方法が立ち上がってくる。その代表格が怨霊である。” —『歴史を問う1 神話と歴史の間で』(上村忠男・大貫隆・月本昭男・二宮宏之・山本ひろ子)
Jun 27, 2012
“歴史とは何等の在ったものを概念的に再構成することではない。むしろ歴史とは以前の現実の現実性を奪い去ることであり、それを「存在のひとつの全く他の範疇」へ導き入れることである。歴史叙述が作り出す像は新たな、いわば一層高い度の現実である。歴史的に見ることによって、我々は過去の生活を現在化するのではなく、却ってそれを無時間的にするのである。” —三木清『構想力の論理』
Jun 27, 20121 note
“

私は、世界中どこの本屋へ行っても並んでいない、映像が中心になった本のシリーズを考えていた。

何人かカメラマン候補を得た。

才能らしきものはあるのだが、上がってくるのは、ごく初級のつまらない絵であった。

辿って行くコースは、決まりきっていた。なんとなく動物や自然を撮っている。

それから、出産などの劇的な瞬間をねらうようになる。

次には、ごく個人的な趣味的な映像を撮るようになって、壁にぶつかり、新しいものが出てくる前に気力を失っていく。

カメラマンは、カメラマンになりたがった。

”
—「動物王国ノクターン」(畑正憲 角川書店)
Jun 9, 2012

May 2012

1 post

“天皇が出御した後、相撲人が敷政門から入場して廊下座に着く。左中将義方が階下から組合せを上卿に申し上げ、上卿から天皇に奏上する。相撲人三十人が庭の西南に立ち、上卿の指示で北へ向け列をなして入場する。取組は白丁(未熟者)から順に取りはじめ、最後の十五番目の取組は最手(最上級者)の額田成連と腋(最手に次ぐ強者)の宇治部利里の取組で成連が負けた。天皇が観戦する時には音楽が奏せられ、散楽や雑伎も催され酒饌が参議以上の者に饗された。” —『西宮記』
May 10, 2012

January 2012

4 posts

Jan 14, 2012177 notes
Jan 10, 2012541 notes
“

368 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 15:52:04 ID:PTJbBpRW0
ふとんがふっとんだ


369 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 17:36:32 ID:cUzCGFlN0
もう少し哲学的

 
370 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 17:56:36 ID:9fX/vIok0
ふとんが吹っ飛んだのであろうか。
それともふとんは動かず、我々と家と地球が移動したのだろうか。


371 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 18:06:49 ID:PTJbBpRW0
もう少し悲しく


372 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 18:32:02 ID:7roQkmc80
ふとんは吹っ飛んでいってしまったのか?
それとも動いたのは、我々のほうだったのだろうか?

今はもうないふとん……


373 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 18:41:05 ID:dJbRy wQP
もう少し詩っぽく


374 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/30(土) 19:01:22 ID:FWfvb8mWi
今はもう無い 君のふとん
何処かへ飛んだわけじゃない
二人の距離が 離れただけ
君の部屋には 君のふとん
僕が寝ていた 君のふとん


377 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/31(日) 16:21:06 ID:k9ItL8U40
もう少し貧困にあえいで


378 名前: 水先案名無い人 [sage »376が訳が分からない] 投稿日: 2010/01/31(日) 17:12:08 ID:UWQEzeqr0
君のふとん もうないんだ
どこかへ飛んだわけじゃないんだけど
僕からお金が離れただけ
君の部屋の君のふとん
僕が寝ていた君のふとん
もういちどふとんで眠りたい
明日からどうやって生活していこう


379 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/01/31(日) 21:49:44 ID: RH4LFZx0
もうすこし格調高く


380 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/02/03(水) 04:35:30 ID:dRKEfcQe0
貴方のベッドは もうありませぬ。
わたくしが大好きだった 貴方のベッド。
寂しくて,寂しくて、どうしていいかわからない。


381 名前: 水先案名無い人 [sage »378ベタの間違いでは?] 投稿日: 2010/02/03(水) 13:28:05 ID:iBJDQl350
もう少し短く


382 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2010/02/03(水) 14:36:17 ID:le7FC/6u0
ふとんがふっとんだ

”
—

ふとんがふっとんだ→もう少し哲学的に:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via reretlet) (via tessar) (via ssbt) (via error888) (via appbank) (via ttmnr, 908908)

2010-02-09

(via mmtki) (via ko-suke)

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(via umi82mizuiro) (via hm7) (via leeshenshu) (via yteppei) (via katoyuu)
Jan 6, 20122,127 notes
“日本人で年収が200万円以上ある人は、世界の上位5%の富裕層。500万以上で普通車を持っているなら上位3%以上。” —誰も知らないような学問知識書いてけ - 哲学ニュースnwk (via shibata616)
Jan 6, 20121,350 notes

December 2011

1 post

“

……ところで話が変わって先日。
北京で別件の取材をしていて、
偶然に現在40歳の頭脳労働者(記者とかそこら辺の仕事のサラリーマンだと思われたし)と
一緒にごはんを食べる機会があった。

祖母が満洲族だったという彼は生粋の北京っ子であり、
北京の胡同の風情や、肉を食いまくる北方中国人の習慣の素晴らしさを力説していた。

正直、彼とは意気投合した。
ガツガツと飯を食ってビールとタバコをバカバカ開けながら
話をしているうちに、彼はこんなことを語りはじめた。


――――――――――――――――――

北:あのさ、1989年の六四天安門事件な。
  俺は当時は18歳で大学に上がる前だったが、いやー、街に出てガンガンにデモをやったもんだ。
  こうしないと中国は生まれ変わることができない、
  そのためには俺たちが共産党を倒さなきゃ、ってね。

俺:あー、そういうご世代なんですね。なぜ当時はそう考えたんですか?

北:まさにそんな時代だったのさ。
  文革が終わってまだ10年ちょっとくらいで、庶民の生活は貧しい。
  だが、改革開放で官僚やら太子党やらだけが大金持ちになって贅沢をしている。
  社会への不満は現在よりもずっと大きかった。俺たちは貧乏だったからね。

俺:なるほど。

北:あと、時代が時代だよね。当時のソ連や東欧に元気がないのは、俺たちにだってわかった。
  やっぱり社会主義は間違いで、人間を貧乏にするだけなんだ。
  逆にアメリカの価値観は何でも正しいはずなんだ。
  民主主義になれば俺たちも豊かになれるんだぞ、と。
  はは、単純でかわいいもんだろ? あの頃は若かったよなあ。

俺:当時の記録映像を見たことがありますが、やっぱりそんな印象でした。

北:ああ。それで人民解放軍の兵士に散々ぶん殴られてね。 
  6月4日の清場(=天安門事件)があった後には、俺も他の市民もみんな怒っていて、
  大通りを走る解放軍の戦車に石をぶつけていた。
  でも、あの時に石を投げていた連中、前の方にいたやつらは捕まってどこかに連れて行かれたな。
  いまだにわからないんだけれど、あいつらどこに行ったんだろうなあ……。

俺:……。

北:もうね、共産党が憎くて仕方なかったよ。
  庶民に不公平で貧乏な暮らしを強いてきて、それに文句を言ったら「戦車」だ。
  なんて非道い連中なんだってね。
  ……でもな、最近はそうも言えなくなってきた。

俺:言論の引きしめですか?

北:違う、逆だよ。
  中国に民主主義や言論の自由は相変わらずさっぱり無いのだけれど、
  経済改革に成功したことで、俺たちは豊かになれてしまったんだ。
  そりゃあ貧富の格差は非常に大きいし、社会問題は多いけれど、
  天安門の時よりも社会が格段に良くなっていることも確かではある。
  民主主義じゃないのに、俺たちは豊かになれてしまった。

俺:北京の街を見ていると説得力がありますね。10年前と比べるとすごい変化だ。

北:そうさ。民主主義体制の下で現在のような経済建設ができたか? 
  都市を発展させられたか? 14億人にとりあえずメシを食わせる政治を実現できたか? 
  それができた日本や台湾は幸せだよ。
  でも中国大陸において、そんなことはやっぱり無理だったと思うんだ。
  そして、中国共産党は経済発展を成し遂げて「功績を作ってしまった」。
  その功績もまた決して小さくないんだよ。

俺:自分たちの生活を良くするために、民主主義は絶対の条件ではなかった。

北:……ああ。
  自分の世代も、もちろん現在の中国の20代や10代も、
  そんな中国を本気で変えたいとは思っていないはずさ。
  いまの若者はネット上ではいろいろ言っているけれど、実際にデモはしない。
  だって、そこまで追い詰められてはいないじゃないか。
  天安門の頃は、もっと本気で社会がどうしようもなくて、貧しかったんだ。


俺:いま、再びああいう運動をやれるとしたら?

北:俺は勘弁だなあ。
  現在の中国で『民主』や『リベラル』を気取っている著名人の多くは、
  虚栄心やカネや世間体から、ポーズとしてやっていると感じるよ。
  俺だって、そりゃあ昔は戦車に石を投げていた人間さ。
  でもね、家のローンとか老後の蓄えとか子どもの教育とか現実的な問題を考えたら、
  現在の体制の崩壊なんて本気で望めるわけがない。

俺:少なくとも、いまの中国はそういう「現実的な」問題を考えられるくらいには
  都市市民が豊かになっていて、それなりの日常が存在する……。


北:ああ。それは若い連中だって同じだと思うなあ。
  彼らは、今の中国で大学に入れて、ネットができる子たちなんだから。
  それに、俺たちの時代と違って彼らは一人っ子だ。
  俺たちは兄弟が誰か死んでも親を養えたけれど、一人っ子は簡単に死ねない。
  われわれ中国人の孝道の問題からして、親に迷惑はかけられないだろう。

俺:説得力ありますね。
  
北:まあそういうもんなんだよ。もう一本、燕京ビールを注文したから付き合いたまえ。

”
—「新浪微博が実名制になるんだってねえ……」→ユーザーの反応 - 大陸浪人のススメ ~迷宮旅社別館~ (via ginzuna)
Dec 20, 2011952 notes

October 2011

5 posts

“「遅刻しそうな女の子が食パンを咥え、走って登校している途中で曲がり角で男の子とぶつかり…… 」というパターンが「少女マンガの定番」とされることが往々にしてあるが、1970~1985の『りぼん』作品を全て読破した経験から言えば、そんなマンガは存在しない。定番ではない。また「眼鏡を取ると美形」も少女マンガの定番と一般に思われているようだが、これも事実と反する。(「眼鏡を外して美人」というパターンについての世間の誤解はここを参照)。しかし、事実無根にもかかわらずなぜ「定番」だと勘違いされるのか。
 示唆となるのが「キレンジャーの錯誤」という概念だ。戦隊もので黄色というとデブでカレーが好きというパターンが定番だという観念が広く共有されていたが、実はカレーが好きでデブな黄色が出てくる戦隊ものはたった一つしかない。「目立った一例が、そのカテゴリー全体の共通項のように扱われる事」、これが「キレンジャーの錯誤」という現象だ(詳しくはここの考察を参照)。そして誰もが原点を挙げることすらできないのに、パロディーだけが流通するという事態が現出する。”
—遅刻する食パン少女まとめ (via petapeta)
Oct 7, 20111,102 notes
“警察庁の統計やメディア報道から計算すると、意外なことに子供が殺される事件の92%くらいは、親族による犯罪だということがわかる。実のところ、変質者による被害者は年間数件あるかないかでしかない。子供を変質者から守るために厳しい法律を作ったり、パトロールを強化するよりも、育児に疲れた親をサポートする政策を整備する方が殺される子供の数は減るのだ。” —

livedoor ニュース - 【眼光紙背】政治家やメディアに騙されないようにするとっておきの方法 (via hresvelgr) (via takaakik) (via otsune)
2009-01-02 (via gkojay) (via akilt) (via azurun)

子どもへのわいせつ行為、性的虐待なんかも親族がほとんどっていうね。

(via mcafee-x6) (via yokoshige85) (via amaisaeta) (via ussii) (via kyohei28)

(via dbqpdbqp) (via chlt) (via skamio) (via constan) (via skamio) (via sierra7)

Oct 7, 20111,705 notes
“ベルギー「うはwwwドイツ超稼いでくるwww」
オランダ「俺らめっちゃ景気いいwww」
ドイツ 「誰のお陰だと思ってるんだよクソが」
イタリア「敗戦国乙wwwww」
フランス「国力ありそうな国どんどん入れてアメリカ抜かそうずwwww」
イギリス「俺も入れてくれよwww」
スペイン「しゃーすw」
ギリシャ「俺も入るぜw」
フランス「あれギリシャ経済やばいとか言ってなかった?」
ギリシャ「全然大丈夫w赤字っつってもほんのちょっとw」
イギリス「皆で金貸して成長促そうぜwww成長した後で戻ってきて丸儲けwww」
フランス「うはwww名案wwww」
ドイツ 「結局俺が出すのかよクソが」
ギリシャ「やべえ皆が貢いでくれるw俺超金持ちwwwオリンピックやるwww」
スペイン「おいリーマンショックやべえよ、俺らの方にも来てる」
イギリス「マジ?!さっさと借金回収しちまおうぜw」
ギリシャ「無理www」
フランス「は?ww金あるだろwwwあんだけ貸したんだからwww」
ギリシャ「全部使い切ったwあと実は経済成長マイナスwww」
スペイン「えっ」
フランス「なにそれこわい」
イタリア「返ってくると思って手元の金全部使っちまったんだが……」
イギリス「お、おいドイツなんとかしろよ、このままじゃ俺ら一文無しだよ」
ドイツ 「金なら全部お前らに貸したよクソが」
スペイン「えっ」
フランス「えっ」
イギリス「なにそれもこわい」
イタリア「えっ」”
—サルでもわかる欧州金融危機 : 2chコピペ保存道場 (via junmyk)
Oct 7, 201164 notes
“一般的な意見では、YouTubeやビデオゲーム、ケーブルテレビ、iPodといったもので書き言葉の利用が減って来ていると見られている。視覚を中心とした娯楽が増えた結果、紙媒体や長文のコンテンツは減り、バイトサイズのデジタル・コンテンツ(ソーシャルサイトの更新など)が増えたというのだ。

しかし、これらの見方は間違っているようだ。

カリフォルニア大学サンディエゴ校などの大規模な研究から、長年一部で疑われてきたことが正しかったと確認された。それは、新しい技術が普及するにつれて、われわれは昔よりもはるかに多くの文字を読むようになってきているということだ。”
—ネット時代で「読む量」が急増:研究結果 « WIRED.jp Archives (via kogumarecord)
Oct 3, 2011176 notes
“(1) 原告と被告青葉出版の取締役編集長山下悦子(以下「山下編集長」という。)は、平成2年8月10日、本件作品についてのいわゆるネーム(セリフ)打ち合わせを行った。その際、原告が示したネームでは、登場人物中の鯰小路綾麻呂が秋篠宮を、十五夜月子が秋篠宮妃を想定していることが明らかであったため、山下編集長は、原告に対し、このネームは秋篠宮夫妻が登場しているとだれもが受け取るので、「鯰」、「綾麻呂」、「月子」とある部分を変更すること、その他皇室を連想させる用語やことさら丁寧な敬語を例示したうえ、これを普通の言葉にすること、絵も夫妻に似せないようにすること等を指示し、原告は、これを承諾した。
(2) 山下編集長は、同月24日の原稿締切日を前に、同月23日、原告方に電話したところ、原告が事前に知らせることなくモスクワへ旅行中であることを知った。山下編集長は、やむを得ず原告が帰国した同月27日、原告に対し、電話したところ、原告が原稿は仕上がっていないがこれから大急ぎで完成させると確約したため、山下編集長は、原告に、翌28日に下絵のコピーを渡し、最終原稿(原画)は同月29日に完成させるよう、念を押した。
 なお、締切どおりに原稿が渡される場合に下絵のコピーを受け取ることはなく、原稿が遅れる場合、予めセリフの写植を打っておくために下絵のコピーを受け取るものである。
(3) 同月28日夕刻、被告青葉出版のアルバイト社員千葉郁磨は、原告から下絵のコピーを受領した。山下編集長は、右下絵のコピーを見て、登場人物が秋篠宮夫妻と瓜二つの似顔で描かれており、セリフ打ち合わせの際約束した用語・語句の訂正がされていないことに気付き、原告に対し、電話で強く修正を申し入れたところ、原告は、結局、「手直しします。」と了解の返事をした。そして、原告は、山下編集長に対し、皇族に似せず、皇室用語等を使用せず、皇室批判作品とならないよう、原画を描き、翌29日までに完成することを約した。
(4) 原告は、同月29日には本件作品の原画を完成させず、翌30日の夕刻になって、ようやく仕上がった旨の連絡があり、被告青葉出版の編集部員松田真一が原告から本件原画を受領した。しかし、本件原画には、皇族に似せず、皇室用語等を使用しないという前記約束に反し、皇族の似顔絵、皇室用語が使用されていた。
 山下編集長は、直ちに原告方に電話して、本件原画を修正するよう申し入れたが、原告はこれを拒否した。そして、原告が、そのまま掲載するか、修正した場合は掲載しないか、いずれかしかない旨を述べたため、山下編集長は、被告青葉出版において修正する旨告げて、別紙1のとおり本件原画を修正した。
 その際、山下編集長は、原告の立場を考えて修正は最小限にとどめ、一般読者からの抗議や右翼からの嫌がらせに、最小限度対処できるように配慮した修正を行った。
(5) 原告の前記(1)の8月10日の合意及び前記(3)の同月28日の約束は、皇族を連想させる絵、セリフを作品にしないこと及び皇室用語等を使用しないことを合意したもので、右合意に反した原画を作成し、かつ原告自らこれを修正しない場合には、被告青葉出版において右合意に即した修正を行うことを承諾していたもの、少なくとも異議を申し出ないものとする合意があったものと解するべきである。
 したがって、被告青葉出版の修正は、原告の右承諾ないし合意に基づいたものである。”
—日本ユニ著作権センター/判例全文・1996/02/23a (via otsune)
Oct 3, 201119 notes

September 2011

3 posts

“いまは、安全保障の観点から言うと、ミサイルを配置するよりも、相手国のデータを預かった方が安全。そのほうが攻撃されない、そういう時代です。” —国立情報学研究所 佐藤教授が語る「クラウドコンピューティングの将来動向」(クラウドサービス編) - Publickey (via amiens2009)
Sep 9, 2011356 notes
Sep 3, 20111,034 notes
Sep 3, 2011996 notes

August 2011

12 posts

“しかし「文壇の大御所」、職人徒弟集団の「親方」尾崎紅葉の死によって、マスプロダクション・システムに系列化されてしまった文学界に、一気にアマチュアリズムが台頭することになる。それを最も端的にあらわしているのが、明治三十年代に登場する自然主義文学の旗印にかかげられた、<ありのままに>あるいは<無技巧・無理想・無解決>といった三無主義であろう。おりしも絵画の世界においても、アマチュアリズムとしての「印象派」がもたらされ、日本洋画壇における従来のアカデミズムは退潮していくことになる。
その意味で、明治四十年代(二十世紀初頭)はアマチュアリズムの時代だと、言ってよいだろう。正宗白鳥によれば、あの夏目漱石や森鴎外ですら、大正末までは職業作家としては、だれからも見られていなかったのである。
こうしたアマチュアリズムの台頭を支えた背景には、『文章世界』、『中学世界』といった、いずれも明治期最大の出版社である博文館からだされていた、投稿雑誌における投稿欄の役割がある。明治期の文学少年年少詩人たちは、ここに投稿をすることによって、単なる一読者の立場から、創作者の立場への移行を目指したのである。
広範な読者層から、作家予備軍を育てあげ、自分も作家になれるという希望を抱かせていくことは、「文壇」への風通しをよくするだけでなく、いわば文芸ジャーナリズム市場を確保しておく意味も持っていた。”
—http://bookweb.kinokuniya.jp/htm/4906388019.html
Aug 21, 20112 notes
“

内部被曝は、主に食事で生じます。膨大な汚染が基礎になり、食品の汚染がおこると、系統的検査で対応するとしてもそれは受け身の対応です。本当に前向きに対応するなら、土壌中のセシウムの総量を減らすしかありません。

すでに福島県内の母親7人の母乳から、高濃度のセシウムが検出されていますが、体内のセシウムは時間を経るごとに排出されて下がっていく。とにかく今以上のセシウムを摂取しないことが大切です。今回のセシウム汚染は、3月15日に大半が、21日から数日で一部が放出された一過性のもので、かなり除染で取り除けるのが特徴です。

”
—児玉龍彦・東大教授に聞く 国土への思いが、子どもと妊婦を守る思想の原点 |エディターズ・チョイス|ダイヤモンド・オンライン (via clione)
Aug 19, 201118 notes
Aug 19, 2011478 notes
“

mixiに集うリア友たちが一時期次々に ブラウザ三国志というmixiアプリにはまっていったことがあって、
そのとき驚いたのが、少しするとそいつら全員firefox ユーザーになっていたこと。
そのゲームのUIを劇的に改善するエクステンションがあったというのがその理由。
それまで「IE?なんですかそれ」みたいな感じだった彼ら彼女らが
嬉々としてfirefox のエクステンションを入れているのに驚いたのだが、
ただ、そいつらが「インターネットを見る」ときにどうしてるかっていうと、
やっぱりスタートメニューの「インターネット」から開くIEなんだよね、相変わらず。
あの実体験から類推するに、一般人にはwebアプリを使うことと
インターネットを見ることにはうちらが思う以上の隔たりがある。
同じブラウザで動いてんじゃん、と指摘したところで、
ブラウザの開いたウインドウだろうが他アプリケーションのウインドウだろうが
連中は気にも止めない。
Web版KindleがChromeでしか見れない、となれば、
連中は「Kindleを見るためのソフトとして」Chromeをインストールするだけだろう。
クラウド、なんてもんを有り難がるバックボーンはないも同然。

そんなこんなで決まって行くブラウザのシェア。
それを「戦争」と呼ぶことは可能だろうけど、
そう考えてみると、この言葉しか頭に浮かんでこねえのだ。

「戦争って、むなしいよね。」

”
—コメント: 第三次ブラウザ戦争が起きる? - スラッシュドット・ジャパン (via kiyoya)
Aug 19, 2011206 notes
“「今年に入ってから何回目かの授業で、離婚をしたと言ったじゃないですか」
[…]
「二十四で結婚した時には、世の中の不幸などなかったことにできるほど、それこそ傲慢といってもいいぐらい、幸せを満喫していました。この人以上の人はいないし、この生活以上の生活はないと思っていました」
[…]
「年をとってわかったのは、他人の不幸せというものはやはり存在するということです。そしてそのことに気付くと同時に、自分の不幸にも気がついてしまう。始末に負えないのは、それをただ不満足だと叫ぶ代わりに、いろいろな満たし方を覚えてしまうことです。リーガルな形でも、イリーガルな形でも」
佐伯先生の言っていることについて、反感を感じたり同意したりできるほどは理解できず、いつみはただ混乱した。”
—http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480804327/
Aug 16, 2011
“

ケータイ小説を読む理由と読まなくなった理由

[Business Media 誠]

 携帯電話の普及、Webサービスの拡充に伴って、読まれるようになったケータイ小説。どのように利用されているのだろうか。

 ネットエイジアの調査によると、15~39歳の男女のうち「ケータイ小説を読んだ経験がある」人は37.7%と、3人に1人以上となっていた。しかし、「以前は読んでいたが、今は読んでいない」が25.6%と、「読んでいる」の12.1%を大きく上回っていた。

 「読んだ経験がある」の割合は男性(26.3%)より女性(45.2%)の方が高く、年代が下になるほど高くなる傾向にあった(35~39歳22.4%、30~34歳31.7%、25~29歳39.9%、20~24歳58.5%、15~19歳55.2%)。

ケータイ小説を読んだことがありますか? (出典:ネットエイジア)

男性はモバゲータウン、女性は魔法のiらんどで利用

 ケータイ小説を読む時に利用するサイトでは「モバゲータウン」(24.4%)と「魔法のiらんど」(19.8%)が上位。男女別に見ると、男性では「モバゲータウン」(男性38.7%、女性20.0%)が最も多く、女性では「魔法のiらんど」(男性6.5%、女性24.0%)がトップだった。

 ケータイ小説を読む人にその理由を聞くと、「ケータイでどこにいても読める」(70.2%)、「小説のテーマ、内容が面白い・興味をひかれる」(64.9%)、「暇つぶしにちょうどいいので」(64.1%)などの声があった。

 一方、ケータイ小説を以前は読んでいたが、今は読んでいない人に「読まなくなった理由」を聞くと、「飽きたから」(34.7%)、「モバゲーやグリーなどSNSやゲームで遊ぶ時間が増えたから」(33.6%)、「携帯電話をいじる時間自体が減ったから」(32.5%)が上位。男女別に見ると、ほとんどの理由で男性よりも女性のほうがあてはまるとした理由が多いが、唯一、「携帯電話をいじる時間自体が減ったから」は男性の方が理由として挙げた割合が高かった。

 インターネットによる調査で、対象は15~39歳の男女1083人(男性430人、女性653人)。調査期間は2月10日から2月14日。

ケータイ小説を読まなくなった理由(出典:ネットエイジア)

”
—Business Media 誠:ケータイ小説を読む理由と読まなくなった理由 (via kskszk)
Aug 12, 20113 notes
“理想の純化した形態が、虚構へと近接することを知ったときにわれわれが得ることができる哲学的な教訓は、現実が虚構に依存して虚構化されている、ということだった。しかし、虚構の領域へと溶け込んでいった理想は、現実世界へと回帰してくる。ただし、回帰してくる理想は、驚くべき反転を被っている。それは、ただ、全的な破壊という否定的な形式でのみ――つまりいかなる構成的な帰結をもたないような形式でのみ――、現実に関与しているからである。ここからわれわれが得る哲学的な教訓は、こうであろう。虚構は、否定的な形式において、現実に依存するほかない、と。現実を全的に否定する力を想定することで確保される<超越性>によってのみ、虚構(可能世界)の有意味性(魅力)が確保されるからである。” —http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480056733/
Aug 7, 20112 notes
“若年無職の人達と数年接してきました。それで分かったことは、
ニート・ひきこもりは、メディアを賑わすような「怠け」の類では断じてありません。
彼らはややもすると、一般人よりも真面目なのです。しかし彼らの多くに共通するのは
「生活面の才能が極端にない」と言う弱点があり、その上で
「羞恥心が非常に強い、人の評価を異常に気にする、人の態度や言葉に傷つき易い」
のです。その共通性は、類似を超えて、一種の疾患や障害にさえ感じます。
それらの性格がその弱点を、人に伺い克服する機会を阻み、深い交友関係も築かせず、
結果「基礎的な生活能力・知識」に極度に欠ける事態を生んでいます。
そう言った人達に、いきなり職業斡旋だ就職案内だは全く無意味です。
彼らが真に欲しているのは、実はそれ以前の「基本の自信」なのです。
悩みに耳を傾けず無茶な要求をいきなり突きつけて、従わないと
「えり好みしている」「働く気がない」と責め立て彼らのせいにする。
そう言う場面を幾度も目にしてきました。親ですらそうなのです。

・引っ越し⇒不動産の利用・契約の仕方、敷金など
・一人暮らし⇒炊事洗濯の仕方、服を自分で買ったことがない、電気通信各種契約の仕方
・出張、遠出⇒飛行機・新幹線の乗り方、ホテルの利用の仕方、浴衣の着方
・地理、移動⇒車の知識、近所しか地理を知らない、時間通りにつけるか
・付き合い⇒幹事とは何か、店の予約の仕方、携帯・クレカの契約・利用知識、飲み会・カラオケへの恐怖
・社会人マナー⇒挨拶の仕方、上座下座、スーツ・靴のメンテ、電話の受け答え、税関係

社会常識がないことを恥入り、それを知られ軽蔑されることを
脅迫障害的に極度に恐れ、若い間に経験する機会を持てずにいたのです。
そのまま「訊かぬは一生の恥」の年齢に達し、完全に歩を進められなくなったのです。
日本人は、悩みにすら線引きをしたがり、許せる枠から外れた悩みには途端に狭量で残酷となり
ひたすら批判の手を緩めず、「甘え」と罵るだけで教えることを拒み続けます。
それを悟っている彼らが打ち明けられず成果が出ないと、それさえも彼らのせいにするのです。
絶対に嘲笑せず「生活訓練」で不安を取り除く、たったそれだけの優しさで人を救えるのに、です。”
—No.26507 若年無職の人達と数年接してきました… - コピペ運動会 (via ag107)
Aug 6, 2011696 notes
Aug 3, 201112 notes
“

以下は、ノルウェー紙、ベルデンスガング(Verdens Gang、VG)が掲載したメールの一部。

母「もう警察も事件を知ってるから。電話が殺到してるって。だからユリー、大丈夫よ。警察から電話が来てるの。5分ごとに連絡できる?」

ユリーさん「OK」

ユリーさん「死にたくない」

母「わかるわ。伏せたままでいて、どこへも動かないのよ。警察が向かってるから。まだ着いてなくても、すぐだから。けがしたり、死んでる人はまわりに見えるの?」

ユリーさん「みんなで海岸沿いの岩陰に隠れてる」

ユリーさん「パニックにはなってないけど、死ぬほど怖い」

母「わかるわ。あなたを誇りに思ってる。まだ銃声は聞こえる?」

ユリーさん「ううん」

6時15分すぎ:

ユリーさん「警察が来た」

母「銃を撃ってる男も警官の格好をしているから気をつけて。今は、どうなってるの?」

ユリーさん「わからない」

午後6時30分:

母「もう話せる?」

ユリーさん「無理」

ユリーさん「まだ撃ってる」

母「いまはテレビも全部、ウトヤの報道よ。気をつけて。できるなら本島に渡って、おじいちゃんの所にいなさい」

ユリーさん「わたし、まだ生きてる」

ユリーさん「まだ銃声が聞こえる。まだ絶対動けない」

母「それでいいのよ。テレビで、いま人を避難させてるって言ってるから」

ユリーさん「早く誰か来てほしいのに。どうして捕まえるのに、こんなに時間がかかるの?!!」

母「対テロ警察が、そっちに行ってるから。銃撃を止めようとしてるわ」

ユリーさん「OK」

母「まだ、そこにいる?」

ユリーさん「うん。ヘリが上空を飛んでる」

母「じゃあ、見つけてもらえたってこと?」

ユリーさん「水中に逃げた人たちを探してる。まだ、わたしたちの所には来ない!」

7時1分:

ユリーさん「どうなった?」

母「警察がボートでもウトヤに向かってる。犯人は、どうなったかよくわからないから、落ち着いて。誰かが来るまでそこにいるのよ」

母「良かった。(警察が)着いたわよ」

”
—ノルウェー銃乱射の島から少女が母に送ったメール「みんなが死んでる」 写真4枚 国際ニュース : AFPBB News (via clione)
Aug 2, 20118 notes
“大衆小説とは、大資本を持つ出版社が、一種類の小説本を大量生産して一般大衆に買わせようとして売り出すものだ。大衆小説の作者は、そこをこころえていて、なるべく資本家がもうけられるようにと工夫しなければ、その本を出版してもらえない。こんな風にして、たくさん売れるということを前提として作られる大衆小説は、売ろうとする者の意志、資本家の意志に強く統制されることとなる。したがって、大衆小説の代表する思想は、大資本家および支配階級が、大衆にかく信じてほしいという思想なのであって、大衆自身の思想を代表していない。大衆小説の思想的意義は、徐々に明確になりつつある勤労階級の階級的自覚をいかにして少しでも長く効果的に阻むかにある。” —http://j.mp/p7BFRz
Aug 1, 2011
“この文体は、やさしいけれども、日常つかわぬ特別の漢字ことばを含み、そして、一つ一つの文章の息が長いのである。そして文章が長く続くにもかかわらず、ちょうど具合のよい所でぽつんぽつんと切れ、むずかしい漢字が使ってありながらもそれらは文の要所に使ってないために、それらを知らなくても文を了解できる。大衆映画の広告にかぎって、絢爛・凄惨などと漢字をちりばめてあるのと同じだ。したがって、漢字言葉は、大衆小説の文体の所々に、意味をはっきり聞いておかなくてもよいイキヌキの場所を作るのに役に立つことにとなる。それ故に、大衆小説は、寝ころんでうつらうつら聞いていても、大体ついて行けるのだ。注意を散漫に払っているだけで、ずっと読み続けて行ける。だからこそ、七百頁、八百頁の本を、少しも苦にせずに、二時間くらいで読了できるのである。他の本では、とてもこれだけのことは、できない。
いわゆる純文芸の小説をとって見ると、そこでは、大衆小説におけるようなのんびりした調子が出ていない。こせこせいsていて、心を無理に集中させなければ、読めない。リズムがないのである。だから、日本では純文芸が朗読に適さない文芸であるのに対して、大衆文芸は朗読に適する文芸の系統を代表しているのである。”
—

http://j.mp/p7BFRz


Aug 1, 2011

July 2011

8 posts

Jul 28, 201187 notes
Jul 23, 201132 notes
“

授業を豊かにするデジタル教科書――光村図書出版に聞く

光村図書出版 常務取締役 企画開発本部長 黒川弘一氏、企画開発本部 開発部長 森下耕治氏

 光村図書出版が、教員向けのデジタル教科書を初めて発売したのは2005年。同社が高いシェアを持つ国語の教科書について、小学校向けにデジタル版を用意した。翌2006年には、中学校向けの製品も発売した。

 デジタル教科書は、一部の教員から切望されていたという。だが国語の教員にはICT(情報通信技術)になじみがない人が少なくないこともあり、当初、100本程度しか売れないのでは、との声もあったという。その予想を反して、現在までに小学校向けは約3000校、中学校向けは約900校に導入されている。

 教員向けのデジタル教科書は、教室の前方に大きく表示する提示型の教材だ。その利点は、大きく分けて3つある。(1)教科書の内容をより分かりやすく提示できる、(2)表示を柔軟に変えることにより授業が深まる、(3)紙の教科書では表現できなかった内容を盛り込める、である。

(1)教科書の内容をより分かりやすく提示できる

 デジタル教科書の内容は、基本的に紙の教科書と同じだ。ただ、現在学んでいるページの内容が前方に大きく表示されているだけで、授業の分かりやすさは格段に向上するという。例えば教員が「●ページの△行目を見て」などと指示しても、どこを指しているのかすぐに把握できず、脱落してしまう子どもがいる。教室の前方に当該箇所が大きく表示されていれば、こうした問題は起こりにくくなる。「これまで授業についていけなかった子どもたちの多くを救える」(常務取締役 企画開発本部長の黒川弘一氏)。

常務取締役 企画開発本部長の黒川弘一氏(左)と、企画開発本部 開発部長の森下耕治氏(右)

 ペンなどの機能を使うことで、視覚的に分かりやすく提示することもできる。下は、文章の対応関係を色分けして示したもの。「どんな仕事をしているか」という問いと「人を乗せて運ぶ仕事をしている」という文章が対になっていることが、一目で分かる。

ペン機能を使って線を引き、文章の対応関係を色分け。文章の構造が分かりやすくなる

 ペンを使って、子ども自身に書き込みをさせることも可能だ。デジタルデータなら紙と違ってすぐに消せるので、「間違えてもいいから書いてごらん」と指示できる。子どもにとっても書き込みできること自体が楽しく、従来よりも積極的に挙手するようになるという。

 紙では裏表に当たるページを並べて見せることで、分かりやすくなるという利点もある。一つの段落がページの終わりで分断されていても、両方のページを並べて表示することで、一つのまとまりとして説明ができる。

複数のページにまたがった段落も、表示の工夫でまとめて見られる

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記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

目次(新着)

  • 授業を豊かにするデジタル教科書――光村図書出版に聞く
  • デジタル教材は、学力向上に確実に寄与する
  • 「デジタル教科書」ではなく「電子教科書」と呼びたい
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  • 「デジタル教科書」は本当に来るのか《野間俊彦「現役副校長が語るIT教育の今」》 (2010年6月1日)
  • 【デジタル教科書】生徒にタブレット端末を配布。動画や音声が再生できる教科書《オフィスマイカ「マンガで学ぶ OLアリサのデジタル用語解説」》 (2011年2月8日)

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デジタル教科書

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キーワード デジタル教科書

(2)表示を柔軟に変えることにより授業が深まる

 デジタル教科書ならば、出された意見に応じて教科書の一部を拡大してみせるなど、表示を柔軟に変えることもできる。これによって「より授業が深まり、豊かになることを実感している」(黒川氏)。

 例えば、同社の小学校1年生の教科書に掲載されている「じどう車くらべ」という単元。挿絵を大きく拡大し、教員が「知っている自動車を言ってごらん」「前に出てきて丸で囲ってごらん」などと言うと、子どもたちは活発に手を挙げるようになるという。「小さく描かれている車を拡大して見せたところ、“お父さんの会社の車だ!”と気付いた子もいた。紙の教科書の挿絵だけでは、絶対に分からなかっただろう」(企画開発本部 開発部長の森下耕治氏)。

自動車の挿絵を拡大して表示。細部まで見られるようになる

 挿絵を拡大することで、物語の世界に入り込みやすくなる効果もあるという。下は、小学校3年生の教科書に掲載されている「三年とうげ」という物語の挿絵。峠の頂上を拡大することで小さく描かれた人の存在が分かり、村からの距離感をリアルにつかめるようになる。

 

「三年とうげ」という物語の冒頭の挿絵(上)を拡大したところ(下)。峠の頂上に小さく描かれた人物が見える

 挿絵を“分解”することも可能だ。下は、アリが行列を作って餌を採りに行くメカニズムを解説する「ありの行列」。挿絵を、アリ、砂糖、石などのパーツに分解し、本文の内容に合わせて子どもたちにパーツを並べさせる、といった学び方ができる。「テストでは正しく解答できなくても、絵でなら表現できる、という子もいる。どこでつまずいているのか、原因を把握しやすい」(森下氏)。

挿絵をパーツに分解し、本文の内容に合うように子どもに並べさせる。文章の理解度が確かめられる


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(3)紙の教科書では表現できなかった内容を盛り込める

 動画や音声など、文字以外のデータを入れられるのも強みだ。「じどう車くらべ」では、さまざまな自動車の様子を紹介する動画を用意する。またモンゴルの民話「スーホの白い馬」では、物語で重要な役割を持つ「馬頭琴」という民族楽器の演奏を聴けるようにしている。その楽器の音色に触れることで、物語への理解は確実に深まる。

さまざまな自動車の働きを、動画で紹介

モンゴルで“人間国宝”とも言われる奏者による馬頭琴演奏が聴ける

 紙の教科書だけでは学習が困難な子ども向けに、支援機能を組み込むこともできる。例えば視覚障害などで文字が読みにくい子どもには、画面を反転表示させる。外国人の子どもが多い学校なら、すべてルビ付きで表示するという手もある。

画面を反転表示させることも可能。視覚障害を持つ子どもにも読みやすくなる


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 このように、デジタル教科書には多くの利点がある。ただし、普及には少なからぬ課題もあるという。

 例えば、著作権に関する問題。教科書については、公開された著作物を必要な範囲で掲載できると著作権法上定められている。だが現状の教員向けデジタル教科書は教科書ではなく一般の商品なので、これは適用されない。教科書として認められるには教科書検定を経る必要があるが、デジタル教材に対する検定のあり方はいまだ規定されていない。

 現状、同社のデジタル教科書は、著作権に関する問題を一つひとつクリアして製品化している。特に国語や社会などの教科では、かなりの手間やコストがかかるという。加えて、授業の質向上を狙って動画をはじめとしたさまざまな機能を盛り込んでいるため、さらにコストが発生する。「ビジネスとして考えると、ほとんど利がない」(黒川氏)のが現状だ。「デジタル教科書の質を高めていくには、継続的にビジネスとして成立することが望ましい。そのためには、著作権許諾の優遇措置など何らかの法的な整備が必要ではないか」(黒川氏)。

 児童生徒に1台ずつデジタル教科書端末を配布する構想も各所で進んでいるが、教員向けの管理システムの充実を同時に考えるべきと指摘する。「韓国などの例を見ても、デジタル教科書は習熟度が中~低の子どもたちに特に有効。上位の子どもは、さっと内容を見て分かった気になり、それで終わってしまう」(森下氏)。つまり「今あるものを、ただ子ども用にすればいいわけではない。ある部分は隠しておいて授業の流れの中で効果的に見せる、反復練習させる部分はどんどん使わせるなど、教師側でコンテンツを制御する仕組みが必要」(黒川氏)。

 さらに、デジタル教科書が普及しても、紙というメディアが消えることはないと見る。黒川氏は、学びの基本は“何からでも学べる、どこからでも学べる”態度を育てることだと話す。紙の書籍や人の話、自然、そしてデジタルなど、多様なメディアの存在は重要だ。デジタル教科書は有効なツールだが、「それに一元化するのは厳しい」(黒川氏)。デジタル化の議論は、教育現場の実情を踏まえつつ、丁寧に進めるべきだと考えているという。

”
—授業を豊かにするデジタル教科書――光村図書出版に聞く:デジタル教科書がもたらす未来 (via kskszk)
Jul 23, 20117 notes
Jul 23, 20114 notes
“「自爆テロリストで、大学者や知識人といった指導者層に属する人はいない。
 逆に、百姓や労働者といった貧しい階層に属する人も居ない。
 19世紀のアナーキストからスリランカ、アイルランドのテロリストに至るまで、
 共通しているのはそこそこの教育を受けたものの、
 その後社会で進むべき道を見失った人々だ。
 彼らは個人的な失敗を暴力であがなおうとしている」

              ギ・ソルマン フィガロ紙 論壇にて”
—

Ak:■ 軍オタが好きな名言、名ゼリフ 3 - livedoor Blog(ブログ) (via petapeta)

おれのことか

(via makototz)

Jul 23, 20111,201 notes
Jul 23, 2011297 notes
“現在、各県に1つ地方テレビ局がある。地方テレビ局は大体その地方の地方紙の資本だ。日本の各地域には地方紙がある。昭和30年代にテレビという新しいメディアが使えるようになったものだから、地方紙各社は自分たちもテレビ局を欲しがった。自由民主党の長期政権は国の許認可権限を使って電波利用の権利を配分した。それは同時に自民党の集票マシンでもあった。
 地方局には電波があるが、番組を作る能力が低い。そこでできたのが東京の民放キー局との系列関係だ。キー局は番組を作る。その番組を地方局も放送するのだが、この時キー局から地方局へ電波料というお金が支払われる。
 「番組がもらえてお金ももらえる」という不思議な仕組みだが、そのからくりはコマーシャルにある。キー局は、番組にコマーシャルを集めるが、この時よりたくさんの人が番組を見る方が、コマーシャル料金を高くすることができる。つまり、地方局に番組を流してもらう方が、視聴する人が増えるのでコマーシャル収入が増える。多少地方局にお金を払ってでも、コマーシャル収入が増えるのでキー局としては地方局に番組を供給すると得するのだ。
 同じ構図を地方局から見ると、自分は何もしなくとも国から認可された電波使用の権限を持っているだけで、キー局から番組もお金も入ってくるという、とんでもない左うちわ状態というわけだ。”
—アナログ放送終了から古い体制のきしむ音がする:松浦晋也「人と技術と情報の界面を探る」 (via amiens2009)
Jul 23, 2011148 notes
“

川上氏:
 なんと言えばいいのか,昔のニコニコ動画って,ユーザーに物凄いパワーがあって,運営のことを無視して,ユーザー側が好きなことをやっていたところがあるんですよ。運営が何をしようが,自分達はこれが楽しいんだ,みたいな感覚がありました。
 そうしたユーザーさん達と切磋琢磨して,ある意味,運営がユーザーに付いていった結果として,ニコニコ動画の発展があったと思うんですよね。

4Gamer:
 なるほど。

川上氏:
 でも最近は,さすがにそういう空気も薄くなってきたし,ユーザーさん側もちょっと受身になっちゃったかなって気はします。何かあると「運営どうにかしろ!」ってクレームが来ますしね(笑)。そうじゃなくて,運営をどうにかしてやればいいのに。

”
—4Gamer.net ― ジブリは決して続編を作らない有名ゲームスタジオのようなもの――スタジオジブリに入社したドワンゴの川上量生氏が見た,国内最高峰のコンテンツ制作の現場とは (via ishibashi)
Jul 2, 20116 notes

June 2011

10 posts

脳とコンピュータとの違い → staff.aist.go.jp
Jun 28, 20111 note
“動かないと新陳代謝がすっごく悪くなってしまいます。ずっと座っているっていうのはほとんど死の前兆ですよ。動くよう にしましょう! 写真にあるみたいに机の高さを高くして、座る代わりに立って机に向かうっていうのもありです。ただ気をつけて欲しいのは、ちょっと運動したからってカロ リー的にはそんなに意味がないんです。立ったり、歩いたり、走ったりなんていうのはね。20分のランニングに出かけたってミントクッキー2枚分くらいのカ ロリー消費にしかなりません。(もしすっごく速く走ったなら、もしかしたら3枚分になるかも。)ファーストフードで食べたカロリーを消費しようと思ったら ほぼ1日運動しなきゃいけません。そんなこと誰にだってできそうにありません。
運動が必要なのは、それがストレスを減らしてくれて、食欲を減らすことにつながるからです。それに新陳代謝も促してくれて分解した栄養が脂肪になりにくくなります。これらはカロリーを消費することよりもよっぽど重要です。立つという行為は、座っていることによる悪影響を取り消す効果があります。でもずっと立っているわけにはいきませんよね。代わりに、30分毎に立ち上がって歩くようにしましょう。もし、仕事中には立ち上がるわけにいかないのだったら、1日で1時間だけでいいので実践しましょう。これならほんのちょっとの時間できるし、なにもやらないよりはずっといいですよ。”
—砂糖が脳と身体に及ぼす影響。過剰摂取を防ぐためのテクニックも紹介。 : ギズモード・ジャパン (via darylfranz)
Jun 21, 2011624 notes
Jun 21, 2011102 notes
“

「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

”
—村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)(下) - 毎日jp(毎日新聞)
Jun 10, 201196 notes
“

絶対君主制だが、良い政策をしたりするので結構評判が良い。またイギリスに外交権を委ねた事はあるもののどこの国の領土にもなった事は無く、最大では東アフリカやパキスタンにまで勢力を伸ばしていた為、オマーン国民の誇りになっている。このため王室への敬意は根強く、2010年にはカブース現国王の即位40周年が記念された

カブース国王はブータンのワンチュク前国王と並ぶ名君であると思う

例えば……
・即位後すぐに対立していた反政府組織に投降を呼びかけ、一部を政府の要職に起用
・長らく鎖国状態であったオマーンを1970年頃から解放政策へと転じさせ、同国をアラブ世界で最も開放的な国家の一つに押し上げた。
例えば、かつて首都マスカットは夜間になると城壁が閉じられてしまうため、それまでに辿り着けなかった者は野宿するしかなかったが、これを撤廃した。

・国王自らが全国行脚し、国民の悩みを直に聞くという「ミート・ザ・ピープル」という行事も行うことで、国民の要望に応える
内容は「学校が欲しい」「橋を直してくれ」といった切実なものから「うちの息子の将来が心配だ」という個人的なものまで様々だが、一つ一つの意見にきちんと耳を傾けている


……など、普通の王様ならやらないであろう親身な行動をとっている


特に「ミート・ザ・ピープル」は非常に高い成果を残しており、それまで国内に病院が2つ、学校が3つしか無かったにも関わらず国内は急速に近代化、他のアラブ諸国に負けない豊かな国に変貌した


そして、カブース国王の治世下で国民の所得は50倍になったのである
さすがだカブース王
 

そんなオマーンだが、かつて日本人女性が王妃として嫁いでいた事はご存知だろうか?


1935年、先々代の国王であり、カブース現国王の祖父であるタイムール国王が訪日した
その時、ダンスパーティで出会った大山清子さんに一目惚れし、求婚


で、求婚したタイムール国王はどうしたかというと

なんとそのまま日本に定住(ほぼ永住)してしまったのである


「彼女を連れてくと日本のご両親が心配するから、自分が日本に住むよ!」という考えでもしていたのかどうかは定かではないが、行動力が国王の範疇を超えてるだろjk……

当然、国王の両親は猛反対
そりゃ王様が国を放って同棲するとか言い出したら反対もするだろう……

それらのゴタゴタを解消する為に一度帰国し、なんやかんやで両親の了承を得て、晴れて二人は結ばれた
清子さんは正式にオマーン王妃となったのだ
一人娘であるブサイナ姫(カブース現国王の母)も生まれ、幸せに暮らした二人



しかし、悲劇が訪れた

 




結婚から3年後、結核を患った清子王妃は病死してしまう(もともと体が弱かったらしく、治療の甲斐なく亡くなったという)

タイムール国王は悲しみ、ブサイナ王女と一緒にオマーンへ帰国したのであった……




と、ロミオとジュリエットもびっくりの幸せと絶望物語だが、これ以降も前国王(カブース現国王の父)や現国王が来日するなど日本との交流も盛ん


日本人の王妃がいたということは有名で、向こうの国ではすこぶる日本の評判が良く、「日本から来た」と言うだけで都会の人も田舎の人もすごい親切にしてくれるらしい

しかもオマーンの新聞には、1ヶ月で231回も日本の話題が載るほど日本が大好き
自国の事は大丈夫なのかとこちらが心配してしまうほどである

それだけオマーンが平和で、日本の事を思ってくれているという証しなのだろう
 


日本人にはまだまだ有名とは言い難いが、サッカーではワールドカップなどの主要大会のアジア予選で対戦する機会が多く、どこぞの半島国家とは違う本物のライバルとして交流を深めている

産業はおもに石油精製が主だが、ナツメヤシの生産も世界8位と好調
首都マスカットには様々なモスクがある為観光客も多い
砂漠の国のため湖は少ないが、海岸沿いではドルフィンツアーが組まれている

2011年からは東京大学にてオマーンの歴史や文化を学ぶスルタン・カブース講座が開設される。
また、東北地方太平洋沖地震にも8億円の支援を行っている。







日本人はどれだけオマーンのことを知っているのだろうか?

話題に上がったとしても「オマーン国際空港wwwwww」「オマーン国債wwww」 とかネタにしていないだろうか?”
—オマーン -アニヲタWiki- (via petapeta)
Jun 10, 2011450 notes
Jun 10, 201110 notes
“横光利一への傾倒は、年齢的に文学的に横光利一につづく人々の間に、実に広く実に強く見られたものである。彼と同時代の人々の間にさえ、傾倒ないしは被影響が見られた。横光利一がかような影響力を持ったのは、彼が日本の文学をリアリズムから解放したためと言えよう。解放の喜びが人々をして横光利一への傾倒へとおもむかしめたのであろう。横光利一において日本文学は十九世紀文学から二十世紀文学的なものへとはいったのである。猪突盲進であったにせよ、はいったのははいったのである。たとえそれは「二十世紀文学」ではなく「二十世紀文学的なもの」であったにせよ、はいったのははいったのである。横光利一の影響力というのは、そういうことだと考えられる。” —
Jun 2, 2011
“木村庄三郎も、挫折者のひとりだろうか。「手固いという点では、『青銅時代』時分から、すでに一家を成していた」(『新潮』新人号での広津和郎の言葉)木村庄三郎は、やがてその「手固い」作風を捨てて、(当時の言葉で言えば)「ポール・モーランばりの小説」を書き出した。「手固さ」より「新しさ」の方に心を惹かれたのである。「これが、いけなかった」とは、木村庄三郎を知る誰もが異口同音に言う言葉である。かつては新人中、もっとも嘱望された木村庄三郎なのだが、いつか小説を見せなくなり、今では、若い読者で彼の名を知っている者が果たしてあるだろうかと思われるほどの忘れられ方だ。
私も、彼の変貌を「いけなかった」と思うのだが、しかし、彼が「新しさ」に心惹かれずにいられなかったその心情に対しては、わかるなあと、いささか感傷をまじえた歎声まがいの言葉を放たずにはいられない。「新しさ」ということが、何よりも新人の条件とされていた時代である。手固いうまさということで、新人中のエリートと目された彼が、真に新人のエリートたるにふさわしい文学的新貌をもって新人群のなかを闊歩したいおもいにとらえられたであろうことは、容易に想像されるのである。が、また、それだけでなく、新人である以上は、新人の新人たるゆえんの「新しさ」を持ちたいという、新人らしいういういしい心情だったでもあろうと、そういうふうにも考えられる。”
—
Jun 2, 2011
“作品の腐食が作家そのものの腐食となって、いかに多くの作家が文学的横死をとげたことか。その累々たる死屍を見るとき、私は冷酷に彼らをあさはかな流行追随者とさげすむことはできない。なるほど、「新しさ」ということが流行した。彼らのなかには、流行品を追うみたいに、「新しさ」を安直に手づかみにし、そしてインチキ新薬を飲むみたいに、似而非「新しさ」を丸のみにしたため、その大切な文学的生命を失った者もあるだろう。だが、なかには、しんに新しい文学的創造を、文学におけるオリジナルな「新しさ」というものを意欲しながら、もともと、そうした意欲は、極めて困難なそして危険な努力を作家に要求するものであるうえに、作家を取りまく文学的環境と現実的条件とが、その困難さ危険さをいよいよ強めているという点を見のがしてはならない。それは、日本社会そのものの近代化の問題である。” —
Jun 2, 2011
“

北口 つぎは“梅原さんが波動拳を撃っているときは相手が跳んでいなくて、相手が跳んだときは梅原さんが波動拳を撃ってない”という梅原さんの波動拳なんですが、こういった波動拳の撃ちかたは長年の経験からくるものなんですか?

梅原 そういう波動拳を撃ちたいと思ったのは、オゴウ(Xサガットを使う『ストII』の強豪プレイヤー)さんという人と『ストII X』で対戦したことがきっかけですね。彼に対戦中延々とタイガーショットを撃たれて、「いい加減にしろ、リスクあるんだぞ」と思いながら俺がジャンプすると、彼はタイガーショットを撃ってないんですよ。それで最初は「こいつ運がいいな」と思ったんです。でも何試合やっても“俺が跳ぶときだけ相手がタイガーショットを撃ってなかった”んですよ。まぁ当時の俺のジャンプは、かなり甘いジャンプだったと思うんだけど、それでも『ヴァンパイア ハンター』でかなり勝っていたし、ぜんぜん負けなかった時期なんですが……。対戦したあとに「わけわかんねぇよコイツ」と思ってオゴウさんに話しかけたんです。たぶん、負けて相手に話しかけたっていうのはあとにもさきにもこれが最初で最後でしたね。

豊泉 たしかに。梅原くんが完封されるなんて、考えられないですもんね。

梅原 それで、「強いですね」と話しかけたら、「お前もなかなかだよ」と言われて。「あ、そうっすか」みたいなやり取りがあったんです。

ブンブン丸 ウメが見下されてる(笑)

梅原 そう。完全に上から目線で言われましたね(笑)。そういったやり取りがあって、彼の飛び道具の撃ちかたを真似したいと思ったんですよ。俺はもともとリュウ使いだったから波動拳の撃ちかたの基礎はできていたので、比較的早く真似することができました。だから、飛び道具の撃ちかたで特別苦労した経験はないんですよ。子どものころからリュウを使っていたからできた、というのがあるのかな?

ブンブン丸 すごいな。波動拳の撃ちかたにセオリーはないの?

梅原 もちろん、ある程度のセオリーはありますよ。このくらい撃つと相手が跳ぶというポイントが。そういう心理的なネタは使っていますね。

豊泉 罠を張るみたいな?

梅原 そうですね。ただ、そういうネタは抜きにして、単なる読み合いの勝負になったとしてもふつうの人より跳ばれることは少ないと思います。それは、経験なのかなぁ。

北口 人の癖を読むこともある?

梅原 いや、何も考えてないんですよ。「そろそろ跳びそうだな」とかじゃなくて、むしろ何も考えないで撃つんです。怖いと思うと撃てないんで。だから何も考えず「波動拳、波動拳、波動拳」と撃っていると、相手が跳ぶ瞬間に「ヤバイ」って感じるんですよ。「そろそろ来るな」って。だから20発撃とうが30発撃とうが平気なんです。「あ、来る」て感じたときに撃つのを辞めると、相手が跳んでるから(笑)。自分でも理由はわからないんですよね。相手の癖を無意識のうちにつかんでいて、自分でも気がつかないうちに「コイツはそろそろ跳ぶ奴だ」というのがわかっているんでしょうね。

北口 すごいなぁ。

梅原 あと、ラウンドの開幕時、相手が飛び道具を撃つタイミングもピッタリわかるんですよ。たとえば、30試合で勝負を決める“30本ガチ”をやったときに、俺がリュウで、相手がサガット。そして“相手が一度も開幕にタイガーショットを撃たない”、“俺も一度も開幕に前方ジャンプをしない”。そんな試合がずーっと続いて……そう、18試合目の1ラウンド目にサガットがたまたまグランドタイガーショットを撃ったとしますよね? そのとき俺は「跳んでる(笑)」。

一同 ははは(笑)

梅原 なぜかね(笑)。だから理屈があるわけじゃないんですよ。「これがこうだから18試合目の1ラウンド目に撃つ」とかじゃなくて、試合が始まる直前に「あ、コイツ撃つな」て感じるんですよ。

北口 恐ろしい。

梅原 ある時期を境に感じるようになったんです。そういう感覚を。

豊泉 どれくらいの時期ですか? 『ストZERO3』?

梅原 いや、ぜんぜん。もっとあとですよ。

豊泉 じゃあ『カプエス2』くらい?

梅原 それよりちょっとあとくらいかなぁ。「なにか来る」という気配を感じるんですけど、最初はそれがなんなのかわからなかったんです。「いつもと違うな」という感覚を感じ取るんだけど、何をしていいかわからなくて……。それで最初は、とりあえず様子見をしていたんです。それが何度もくり返されているうちに「あ、俺は相手が波動拳を撃つタイミングがわかってるんだな」ということに気づいたんですよ。それからジャンプするようにしました。

北口 跳べばいいじゃんて。

梅原 そう。でも怖いじゃないですか。なんで相手が波動拳を撃つのかわからないのに、なんとなく跳ぶっていうのは。最初はいまいち信用できなかったんですけど、「俺は経験で波動拳を読めるらしい」て気づいたんですよ。

北口 勘は当たるって?

梅原 う~ん、勘というか、「自分が気づかない情報を拾ってるのかな?」って。

”
—プロゲーマー梅原氏に直撃インタビュー(第4回) - スーパーストリートファイターIV 攻略blog (via naison44)
Jun 2, 20113 notes

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